当たり前なことだが、大口径のウーハーユニットを大型の強固なエンクロージャーに収めて普通に チューニングすれば容易に満足いく低音が普通に得られるだろう、しかし現実的には住環境のなかで設置可能とは限らないし、パソコンの前でネットサーフィンしながら聴こう なんて思っても大企業の社長室のデスク並みにゆったりと家具を配置しないことにはセンター位置で聴くことなどできないだろう。 それなら逆にPCのモニ ター画面の脇に置ける程度に小さくて満足いくクオリティの音が出せれば良いのではないか?と考えはじめたところからスタートしたこのプロジェクトである が、常識に逆らいつつ、聴くに耐える音を実現するためには、いろいろな技を総合的に駆使してやっと実現できた極めて難易度が高いプロジェクトなのであっ た。
何よりも最初にエンクロージャーのサイズが「PCモニターの横に置ける程度」という制約があった。しかも40Hz付近までの音が十分な音圧で過不足な いクオリティで聴けるという無理難題な目標設定に行き着くと直面する問題として、低音をそれなりの音量で再生するために小口径フルレンジのSPユニットを 大振幅させてしまうと盛大な「ドップラー歪み」が発生するため絶対に満足いく品位の高音が得られないというジレンマがある。 経験からこのフルレンジの宿 命を痛感していたので、帯域分割して2way構成にすることに最初から迷いは無かった。
直接放射型の振動板だけで周波数が変わっても同じ音圧を得られるようにするためには、振動板の振幅を再生する低音の周波数の逆数の2乗に比例して大き くしていく必要があります、そのため小口径のSPユニットで低域まで再生するためには何よりもまずXmaxが大きいSPユニットを採用し振動板の動きに関 する制約に対処する必要が基本的にあるのですが、現実には周波数が低くなるにつれ音圧が低下していくからと、安直にEQでローエンドを持ち上げるf特補正 をしようとして密閉箱の蒲鉾型なF特のローエンド域を電気的に補正しようとしても、補正を開始した周波数から下がり始めた途端に急激にコーンの振幅が大き くなってしまうので、いとも簡単にダイアフラムが振れ切ってボトミングしてしまって思ったほど低い周波数までは再生できない。つまり、すぐ物理的な可動範 囲の限界にぶち当たってしまうのである。 そこで、何らかの方式でエンクロージャー構造を工夫する事でウーハードライバーに制動を掛けて低域でのダイアフ ラムの振幅を抑制しない限り、小口径のSPユニットの振動面積では中高域の最大SPLに見合う程度に十分な音圧の低音域を出すことはできない。 電気的補 正なしで普通にフラットに鳴るようなチューニングでバスレフ箱やダブルバスレフ箱を設計すると、3〜4インチのユニットの小径ユニットを使ってどんなに頑 張っても数リットルのエンクロージャー容積が必須となるので、今回想定している1リットル少々のサイズには到底収まらない。 そこでBOSE社の SoundLink miniやANKER社のSound Core3のように最近流行の超コンパクトなBluetoothスピーカーで多用されている例に倣って、パッシブラジエーターを使って極小サイズのエンクロージャー容積な がら極めて低い周波数までの低域再生限界という目標の両立を目指してみることにした。
冒頭で書いたように、なんとなく開発の方向性が見えてきたところで、使用するユニット選びのス テップに移りましたが、ラッキー な事にDayton Audio製の3.5インチフルレンジ ユニットND91-8とPeerless製のパッシブラジエーター 830878を頂いたので、渡りに船とばかり喜んで活用させて頂きました。ND91は一応フルレンジタイプとなっていますがダイアフラムの最大許容振幅が 25mmと極めて大きく、振動板も堅固なアルミ素材の ため制動の圧力に負けずに空気を押すことができます。パッシブラジエーターの830878は蝶ネジでウェイトを締める構造なので簡単に質量が異なるものと交換 することができます。組みわせるツイターには以前使ってみて良コスパで大きな音圧でも潰れないヌケのいい音が好印象だったVifa(現 Tymphany)XT25SC90を選びました。パッシブラジエーターはバスレフダクトのように断面積が変わると共振周波数も変わるようなクリチカルな事が無いので、個 数が多い方が能率を稼げるので可能な限り多くの振動板面積を確保します、そこで今回はスピーカー1個あたり2個のパッシブラジエーターを搭載しましたが、これ でもちょっと音量を上げるといとも簡単にパッシブラジエーターの方が先にボトムしてしまいます。(スピーカーユニットは制動が効いているから) なので、もし パッシブラジエーターを新規で購入するのならボトムしないようにXmaxが大きいDaytonAudioのDMA105あたりに変えたが良いと思っていま す。。
エンクロージャーの設計検討はパッシブラジエーターにも対応しているWinISDを使用しまし た、ND91のパラメータを入力して大まかな特性の傾向は掴むことはできるが、パッシブラジエーターに極端に重いウェイトを付加するケースには対処できないの で、最終的には作ってみてからの検討となってしまいます。 それでもパッシブラジエーターの影響が小さい中高域と中低域のバランスをシミュレーションする事は 一応できるので、あ〜でもない、こーでもないとさんざん悩んだあげく約1.5リットルの内容積を持つエンクロージャーで作ってみようという事になりました。以 下に ND91-8のT-SパラメーターをDaytonAudio社のカタログから引用します。
PARAMETER |
ND91-8 |
ND91-4 |
Impedance |
8Ω | 4Ω |
Fs |
70.7Hz | 74Hz |
Vas |
1.41Litter | 1.41Litter |
Qts |
0.47 | 0.41 |
Sd |
30,4cm2 | 30,4cm2 |
WinISDを使って振動板の変位量をシミュレーションしてみました。
パッシブラジエーターを使い制動をかけることで低域の振動板の動きをND91のリニア領域である変 位5mm以下に抑えることができそうです、歪みが減るのと同時に高音域でのドップラー歪みも低減できることを示しています。特にポップスやEDM系の楽曲では バスドラムの基本波が60Hz付近に集中しているので、この効果が大きく出るものと予想されます。
形状設計について気にした点として、完全に矩形のエンクロージャーだと内部に強烈な定在波が立っ てしまうためダイアフラムの動きが阻害さ れ、その周波数で振動板からの音圧特性にデップを生じます、この現象を少しでも避けるためと、机の上に置いたときに自然にリスナーの耳を向くように、フロント バッフルを8度 ほど傾斜したデザインにしました。 一番悩んだのはパッシブラジエーターを付ける位置で、全体がコンパクトにできて、重力による偏心もなく、パッシブラジエー ターの振動がキャンセルできるので左右に配置する水平対向配置が望ましいのですが、PCモニター脇に密接して置けなくなるのと、エンクロージャー内部の中域音 が漏れて聞こえがちなために音像定位が大きく阻害される作例を見たことがあったので、背面と底面の90度配置とし、床面で机がビビるのを避けるため少し間をあ けて底板を固 定し ました。質量付加をしたためにパッシブラジエーターのニュートラルの位置が偏心したりサスペンションがヘタってしまうのも心配ではありますが、空気で揺すられるだけなので 多少ニュートラルの位置が変わってしまっても平気だろう?とあまりシビアには考えないことにしました。 底面にパッシブラジエーターを配置したことで構造的な 空間を持たせるためのユニークな形状になったのでページトップの画像のイメージから「The MOAI」とネーミングすることにします。
普段のエンクロージャー製作には曲げ強度が保証されている構造用合板を愛用しているのですが、今 回はウォールナットに似た木目が美しく、質量が大きく叩いてみた響きも魅力的なアカシア集成材を一目見惚れで採用。非常に固くて脆い板材なので特に穴あけ加工 で欠けてしまわないように細心の注意が必要です。接合面を斜めに角度つけたりフロントバッフルの角をカットしたりするのに電動トリマーやオービタルサンダー を使いましたが、ハンドツールでの加工はかなり困難だろうと感じました。以下にエンクロージャー図面を示します。
接着中の画像
透明なニス仕上げも魅力的ですが少し暗めの色に仕上げたかったので「チーク色」という水性ウレタン ニスを塗ってみたら最悪で、まさに黄色がかったウ●チ色になってしまったので表面にをサンダーで削り取ろうとしたのですが黄色に染まった部分が完全には取れ なかったので、クリア仕上げは諦めて、赤茶に近い「ローズウッド色」の水性ウレタンニスで仕上げました。
刷毛スジが付かないようにスポンジはけで4回重ね塗り しましたが、上手く化粧シートを貼ってるなと見間違うほどの質感ある色合いと濡れ たようなグロッシーな仕上がりの質感はオススメです。 試してはいませんが「ウォールナット色」水性ウレタンニスでもいい感じに仕上がりそうに思えます。
この製作記事をPartsExpressのProject Grallaryに投
稿した記事が掲載されました。