Experiment Transmission Line Speaker Tuning

トランスミッションライン型スピーカーシステムのチューニング実験


Introduction:

【実験に至る経緯と方針について】
緻密な設計と、多数の構成部品を作らなくてならないトランスミッションライン型エンクロージャー(以下TL箱と略す)を製作する手間に根尽きて 頓挫し ていましたが、H氏の好意により逆テーパー型のTLエンクロージャーをお借りすることができたので、気になっていたチューニングの実験を行うことができま した。 快くメインシステムのエンクロージャーを貸与してくださったH氏にこの場を借りて感謝の思いを表したいと思います。

【実験に使用したスピーカーユニット】

Dayton Audio LW150 6" Flat Woofer 平面振動板の極薄型のウーハーなので高域側は1kHz付近までしか再生できない。

【実験に使用したエンクロージャー】

12mm厚合板で構成された5回折り曲げのTL箱(音道長約1.6m)を使用して実験を行いました。
 

Basic Dumping Conditions:


エンクロージャーは既に強固に接着されているので内部に手を入れる事はできないが、板表面の折 り返し部分にウール素材の吸音材が貼り付けてある。内部の状況は以下の記録画像のような状況にあると思われる。
 
今回はこれに加えてボリエステル棉(水槽用の濾過フィィルター)を音道に追加する実験を行う。
これまで得た情報と経験により、吸音材はなるべく少ない量にした方がファンダメンタルな菅共振 周波数での音圧を損なわずに済む事が分かっている。 一方で奇数次の高次気柱共振はいわゆるビョンビヨ〜ンと「土管臭い音」になってしまう厄介な現象なので、 こ れは許容できるレベルに まで抑えこま なくてはならない。



The Experiment A: 吸音材の入れ方実験

Experiment A-1 (実験A-1、追加吸音材なし)

最初のエンクロージャー内部の状態は以下の赤点線の位置にだけ板面に毛布が貼り付けてある状態 で測定。

下のグラフはリップから放射される音を開口から約1cmの至近距離で計測したものであるが、こ のエンク ロージャーのファンダメンタルな共振周波数は約38Hz、逆テー パー型なので高次の気柱共振はそれよりも高い方へズレる、測定では3次が約150Hz、5次で約250Hzの共振現象が認められた。
600Hzの定在波は、その周波数からλ/2 となる波長を計算してみるとエンクロージャーの 天板と底板の間で起こっているものと推測される。
さらに、5次以上の高次の気柱共振も認められ明らかにダンピングが不足している状態であるとい えよう。

このときのインピーダンス特性 は 以下のようなもので、λ/4の片閉管としてのファンダメンタルな共振が38Hz付近にあるのだが、この共振の周波数からSPの電気的な自己共振周波数が離れて しまっているので、インピーダンスカーブの山はスピーカーユニットがフリーエア状態fs(=68Hz)のときとほぼ変わらない周波数であった。
インピーダンス特性カーブに600Hzと1700Hz付近で定在波の影響らしき小さなピークが 認められる。

MJK氏の文献によれば、断面積比5の逆テーパー型の場合、3次共振の腹は全長の1/3地点 (=33%)ではなくて音道全体の長さの43%の位置にあり、5次の振幅の腹もλ/5(=20%)の位置ではなくて全長 の25%の位置だそうである、断面積比4のこのエンクロージャーではもう少しだけ閉塞端寄りの位置が振幅 の腹になるものと思われる。すなわち3次の振幅の腹は2回目の屈曲部付近であり、5次共振の腹は最初の屈曲部の少し奥よりな付近が振幅の腹になりそうなの で、この情報から見当を得て ピンポイントでかつ最小限の吸音材の追加で高次の気柱共鳴を抑制することを目指す。


Experiment A-2 (実験A-2、3次共振の腹をダンプ)

まず、3次共振150Hzの振幅(速度)が最大となる音道長の約40%ポイントにポリエステル 系の吸音材を配置してみた

このときリップから放射される音の周波数特性は以下のようになった。
リップから放射される3rd音の共鳴音150Hz付近がやや抑制されたがまだ十分減衰してはい ない。

Experiment A-3 (実験A-3、5次共振の腹をダンプ) 

上記ポイントに加えて、5次共振250Hzの振幅(速度)が最大となるポイントにポリエステル系の吸音材を配置してみた。

その結果リップから放射される音の周波数特性は以下のように なった。


やや幅が狭くなったものの600Hz付近に強く定在波が立っているようだ、5回折り曲げた音 道の天板と底板の間に起きた定在波によるもののようでエンクロージャーの寸法が1/2波長と一致する。 同様の距離で向かい合う面が5箇所もあるが奥の3箇所は手が入らないので閉塞端側の2箇所しか吸音材を配置することができない。 それでもポリエステル系の吸音材を追加し た部分での定在波が減ったために600Hz付近のピークの幅が狭くなった。


Experiment A-4 (実験A-4、天地間の内部定在波をダンプ)

  上記の吸音材に加えて、天板と底板の間にできた定在波と思われる600Hzの定在波の振幅(速度)が最大となる天板と底板の中央部分にポイント的にもポリエステル系の吸音 材を追加してみた。



   
リップから放射される音の周波数特性で明確な600Hz付近の定在波の減少が認められ た。背 面のリップ開口部からは30Hz〜 150Hzの重低音だけが放射されるようになったので 実用的にみて最小限ではあるが極端な目立つピーク等は抑制されたものとして、この状態で試聴してみてみたいと思う。



The Experiment B: SPユニットのfs(自己共振周波数)を変化させる実験

MJK氏のWebにあるTL設計の手引きによれば、「音道の長さは使用する SPユニットの fsで1/4波長共振するような長さにせよ」とあ ります。つまりfsにおけるSPユニットのインピーダンスカーブの山がλ/4の片閉管の共振によって制動される長さにするのが正調なTLというわけです。 しかしながら今回はエンクロージャーの 方が先にあって寸法が決まっ ているので、SPユニットのほうのfsを変化させてチューニングすることで特性の変化を見てみたいと思います。

特注でもしない限りそうそう都合よくfsが異なるSPユニットを入手できる筈もないので、ここ ではダイアフラムにエアコンパテを貼り付けることで質量付加を行い同一のSPユニットでmoを増やすことで自 己共振周波数を変化させています。
質量付加は同時に能率の低下を伴うので実用的ではありませんがTLとSPユニットの相性を知る うえで非常に役に立ちました。


Experiment B-1 (実験B-1、追加質量なし)


Impedance (インピーダンス特性、質量付加なし)
質量付加をしない状態でのSPユニットのフリーエアfsは62.5Hz、エンクロージャーに 入った状態では約70Hzに上昇している。

Lip Output Sound Response (リップの音圧周波数特性、質量付加な し)
赤線で囲った部分がリップから放射されている音はほぼ平坦な周波数特性を示している

Total Response (30cm form the Speaker Face、質 量付加なし)
黄色線で囲った部分はSP前面からの音で、赤線で囲った部分が背面のリップからの音で、この距 離だとSP前面と背面にあるリップとでは約2倍の距離差がある、測定結果では両者の音圧には6dB程の隔たりがある。背面が反射性の壁面でもっと離れて聴く場 合であれば両者の差はもっと縮まるものと思われるが、実際に聴いてみても背面からの低音が前面からの音にマスクされてあまり聴こえてこない、極低音だけのソー スで聞こえるのみ。

Experiment B-2 (実験B-2、付加質量16g)


Impedance (インピーダンス特性、付加質量16g)
16gの質量を付加したために振動系の自己共振周波数が下がってフリーエアの自己共振周波数 fsが 62,5Hzから 51Hzに下がった。エンクロージャーに実装すると57Hzに上昇した。

Lip Output Sound Response (リップの音圧周波数特性、付加質量 16g)
赤線で囲ったようにリップから放射されている音がローエンドの音圧はそのままでハイ下がりな傾 向に変化した、しかし600Hzの定在波の音圧は殆ど変化していない。

Total Response (30cm form the Speaker Face、付 加質量16g)
黄色線で囲った部分はSP前面からの音で、赤線で囲った部分は背面のリップからの音が支配的で あるが、質量付加をしたためにローエンド部分を除いて全般的に音圧が低下してきている、このため結果的に全体ではバランスが改善されてきてSP前面の音とリッ プからの音の音圧差が少なくなってきている。



Experiment B-3 (実験B-3、追加質量32g)



Impedance (インピーダンス特性、付 加質量38g)
38gというかなりの質量を付加しているのでスピーカーとして全く実用的ではないがフリー エアで測定すると fs=41Hzで普通に山がひとつ、これをエンクロージャーに入れると上図のように極めて特徴的な現象を観測することができた。SPユニットのfsにある はずのインピーダンスカーブの山が片閉管の共振で制動され圧縮され消失、その結果としてファンダメンタルな菅共振周波数の上下で二つの山に別れてしまい、 インピーダンスカーブには3つの山が現れるという極めて興味深い状態となった。ぜひ16g付加の時の波形と見比べて頂きたい、全くの「別物に化けた」瞬間 で ある。 これこそがTL本来のチューニングになった状態だと思われる。

Lip Output Sound Response (リップの音圧周波数特性、付 加質量38g)
赤線で囲った部分がリップから放射されている、更に質量付加をして重くなったのにもかかわ らず40Hzでの音圧は むしろ上昇している。

Total Response (30cm form the Speaker Face、 付 加質量38g)
黄色線で囲った部分はSP前面からの音で、赤線で囲った部分が背面のリップからの音が主体 だと思われるが、SP前面と背面にあるリップとでは約2倍の距離差があるにもかかわらず、両者の音圧はほぼ同じでフラットな周波数特性を示している。開放 空間でもっと距離を取って測定すればリップからの音圧が過剰なくらい低音が出ているものと判断される。ストックの状態でここまで低いfsのSPユニットが 存在するものならばぜひ搭載してTL本来の音を堪能してみたいものである。



Listening Impressions:

使用したLW150ウーハーは1kHz程度までしか再生できないユニットなので、必然的に2way構成にする必要がありますが一般的なツイターだと 2〜3kHz以上でないと鳴らせず繋がらないので、フルレンジユニットと組みわせて試聴を行いました。 高い音圧が出せないためにお蔵入りになっていた Tectonic製のTEBM46C-20を密閉箱に入れて平面振動板ウーハー+平面振動板ツイターという構成にしました。TEBM46C-20は低域を 鳴らすと歪や付帯音が酷いのでFreeDSP SMD A/Bチャンネルデバイターで48dB/oct @700Hzで低域をカットして使用しました、バッフルステップ補正は1.3kHzターンオーバーで補正幅は3.5dBです。
TPA3116D2 PBTL構成のアンプを4ch使用してマルチアンプ駆動で試聴しました。
密閉エンクロージャーの構造とユニットのTSパラメーターは以下のようなもので、内部定在波のトラップを内蔵しています。


このシステムを地下の音楽室で鳴らして測定してもらった結果は以下のようなものでした。

Frequency Response:
(質量付加をしていないのでリップからの音圧と前面のバランスを取るために40Hzで 3.8dBのパラ メトリックEQによる電気的ブースト(Q=1.5)をしています)
床からあまり持ち上げずに1mと距離を取って壁際で測定したのでフローリングの床と壁からの反 射の影 響で70〜90Hz付近で干渉による測定値の乱れが認められますが、低域は約32Hzまで再生できているようです。700Hz付近の落ち込みは後でツイター を逆相接続にしたら解消しました。

Wavelet Analysis Result:
ウエーブレット解析結果です、100Hz以上の領域ではそれぞれのスピーカー振動 板の前面からの音なので2〜5mSの群遅延で問題ないのですが、100Hz以下の領域ではその殆どが1.6mもの音道を通って放射される音となるために23mS程も遅れて 立 ち上がっているのがはっきりと見てとれます。 この立ち上がりの遅れがタイトなキックとチョッパーベースのコンビネーションが要のリズムセクションとなってい るような曲では致命的なアタックの低音感の欠落として知覚できる音でした。 オフマイク録音のクラシックや普通の曲であればユルい低音なので普通に聴けるので すが、私の 嗜好するジャンルの録音だともっと大型のSPユニットを使って少なくとも40HzまではSP前面側の音で聴けるようにしないと私は完全には満足できないなと感じまし た。同時に試聴した方でここが気になった方は少なかったので私の感覚の基準が厳しすぎなのかもしれません・・・・

ちなみにTWを逆相接続すると700Hzクロスの部分は以下のように繋がりました。測っていま せんが、たぶん周波数特性の700Hz付近の落ち込みも解消しているものと思われます。



TL箱DIYのポイント まとめ

  • Foが十分に低く(45Hz以下)、Mmsが大きく、Qtsが低い適切なSPユニットを選ばないとファ ン ダメンタル共振以下の周波数では24dB/octでバッサリと切れて出なくなってしまうのでなるべくFoの低いものを選びた い。
  • 使用するSPユニットのfsより低い周波数域の音はポートからやや遅れて出始めるため、小型システムでは低音楽器のア タック部分で低音が薄く乏しい音になってしまう。 (特にタイトな重低音のリズムセクションの曲に合わない、ユルいパイプオ ルガン等なら可)
  • SPユニットのFsと1/4波長菅の共振周波数を合わせないとポート側の音量が小さくなってバランスが取りづらい。
  • ちゃんと考えながら吸音材を入れる場所と量をコントロールしないとポートから放射される音圧特性は大きく変化する (軽 く± 数dB変化する)
  • 高次共鳴と高域の漏れが多いと聴感的に濁った感じの音になってしまうので周波数特性ばかりでなく吸音材の不足に よ る音 質の悪影響にも注意する
  • 開口端寄りには可能な限り吸音材を入れない(抵抗となって極端に放射される音圧が低下してしまう)


(参考にしたリンク)



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